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2011年11月

2011年11月25日 (金)

過去からの近況報告

ちょうど一年前に出たあるセミナーの最後に、友達に近況報告の手紙を書きました。


近況報告と言っても、2010年のではなくて、一年後の2011年にタイムスリップして書く手紙で、いわゆるアファーメーション的な手紙です。
だから、友達に宛てた手紙だけど、投函せずに手元に置いたまま。


一年後に開封してみると、大体の人はその半分くらいはその通りになっています、との事だったので、ワクワクしてたくさん書きました!


自分のこと、会社のこと、家族のことなど。

そして今日、一年前の手紙をドキドキしながら開封式!

ジャジャーン!


何を書いたのかあまり覚えてなかったので、読みながらビックリ!


紙の両面に書いてたのねー、あれー、こんなことも書いてたのねー!なんてね。


ん?

ん?

おや…?

絵空事とはよく言ったものです。

かろうじて母の本の事が1つかなってたくらいで、あとは笑っちゃうくらい全滅(笑)


果たして、想いが大きすぎたのか?
大きかった割りに想いが弱かったのか?

タイミングの問題だけで、数ヶ月遅れで叶うかしら?


なんと言っても、先日迎えた私の誕生日はゾロ目の連続!


11年11月22日44才!


なんとなく強運な年回りな気がするではありませんかっ(≧∇≦)


00年11月22日33才だって最強だったし!


と思いたいけど、そうでもなかった(^_^;)

最強どころか人生の中で最悪に近い年だったけれど、人生最大の転機の真っ只中でもあったのかな。

今回のゾロ目はあんなにシンドイ転機ではないとありがたいです。


そんなわけで、気分だけは少し早いけれど新年なのです(^w^)

2011年11月18日 (金)

母の本「宇宙観-2」が出版されます。

昨年の9月から会長職になった私の母・清水和惠が、数年前から始めた点描画が、発売されることになりました。

昨日からamazonでも予約開始になりました。

Uchuukan2

「2」となっていますのは、一版もあるからなんです。

自分で刷って製本したり、オンデマンドの業者さんに印刷・製本してもらったりしたのですが、素直で乗せられ上手で彼女は、いろいろな方のアドバイス通りに動いているうちに、とてもありがたいご縁とご協力を頂いて、きちんとした本として「2」を出すことができることになりました。

この点描画は、文字通り点の集まりで絵になっています。

カラーボールペンで、厚紙に根気よく点々・・・・を描いて絵にします。

線で○を描くと、もう□にはなりませんが、点で描けば、○も□に描きなおすことができるんですよね!

実は私も母と一緒に点描画の教室に行ったんですが、私はどうも照れくさくてダメでしたが、もともと創作が大好きな彼女は、コツコツと描き続け、こうして本を出すほどになりました。

仕事も粘り強い人ではありますが、真面目に続けると色々と可能性が広がるものだと、彼女にはいつも教えられる気がしています。

本の説明を読むと、もしかしたら違和感を覚える方もいらっしゃるかもしれませんので、ちょっと補足。

あるテーマ(言葉)を思い浮かべると、ある人は音が頭の中に流れたり、ある人は匂いを感じたり、ある人は映像が頭の中や目の前に広がったり、ある人は文章が綴られたり、その方の持っている感覚の中で最も得意というか鋭い、またはよく使っている感覚が反応すると思います。個人差はもちろんありますが。

感覚というのは、元々あまり活性化していなくても、使うことを意識するとある程度磨かれるようになるもののようです。

そんな感じで、母も初めは描きたいテーマを決めては、筆を持ち、ちょっとした絵をカラー筆ペンで描いていましたが、しばらくはその絵の意味もよくわからないままに続けていたら、それに1~2行のコメントが付くようになり、そのうちコメントが文章になり。

で、今度はそのカラー筆ペンで描いた絵を点描画に描きなおして、文章をつけたものを書き溜めて今回の画集となりました。

で、この「テーマ」というのを個人にしたものありまして。

路上などで即興で自分のために詩を書いてくださる詩人さんとかで、なんとなく想像していただけるかな、と思うんですが。

そんな感じで、その方の本来持っている輝きを絵にして、文章をお付けする、ということもしております。

これがお陰様でなかなか人気でして、口コミでご注文を頂いているようです。

そういえば先日、「絶対受注名刺」という本を読みました。

「”使命”とは、自分の命をどのように人生や仕事に使っていくか」

という一文がその中にありました。

使命を持っていること自体に気づかなかったり、何が使命なのかを模索しながら生きている方も多いと思います。

使命に気づいて生きるのと、そうでないのとは、生きている意味や行動がかなり変わってくるのではないでしょうか。

彼女は、ファインでのモノづくりを経て、今度は絵を描くことで、人様の魂を輝かせるお手伝いも使命としているのかもしれません。

社長仲間でいつもお世話になっている(株)システムクレールさんにもご協力頂き、今週末にはホームページもオープンする予定です。

ご興味があります方はどうぞ訪問してくださいませ。

http://www.tenq.ai

  ↑

11/20からです。

2011年11月17日 (木)

「中小企業育英資金」を頂きました!

この度、東京都中小企業振興公社様より、「中小企業育英資金」を頂きました!

公社さんにはあらゆる部署の多くのスタッフの方に、本当にお世話になっており、今までも十分に育てて頂いている感がございますが、この度はこのようなありがたい資金を頂けることを心より感謝しております。

助成金とはまた意味合いなどが違う資金ではありますが、浄財をお預かりいたしましたので、社員一同しっかりと使命を受け取め、社会に還元できる使途に充てさせて頂きます。

今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

Photo

2011年11月11日 (金)

18年目のお別れ

何度も書いたことがある、社用車のベンツ。

とうとう、月曜日に業者さんにお願いして引き取っていただきました。

なんと言っても、平成6年購入22万キロ走破!

Meter

父は社長ではあったけれど、社員に新車を買っても、父はいつも社員のお下がりのバンを乗っていたとか。

初めて自分用に買った新車がTOYOTAマーク2のツインターボ。

「次はVOLVOに乗りたいんだhappy01」、と言いつつも、マーク2をすごくすごく喜んで、カッコいいと惚れ惚れしながら大切に乗っていた。

☆---

事情があり、大森から千葉に引越して、3年。

今まで風邪も引いたことがなかったような元気な父に初期ガンが見つかった。

2年の闘病の後、余命半年を宣告された。

父は「僕が死んだ後だと車を買えないだろうから、今のうちに買っておきなさい」と、母と私が安全に通勤できるように、その当時まだ少なかったデュアルエアバッグとABSが付いた車を条件に選ばせてくれた。

千葉と大森を車で往復すると1日130キロの走行距離。

マーク2も、私が乗っていた1000ccの5ドアのコルサももう10万キロを超えていた。

トヨタのファンだった父の条件を満たすトヨタ車はセルシオ、マジェスタなど高級車ばかりで、車体が大きく私には運転がしにくいし、ガレージにも入らない。マーク2ならオプションでようやく条件を満たすけれど、金額がかなりアップする。

それならベンツが買えるよ、という車好きの友人のアドバイスの元、C200という一番小さなベンツになった。

「ベンツにも乗ってみたかったんだよなぁheart02」と、すっかり体重が半減して弱々しくなった父の笑顔が輝いた。

私はもともと車に興味があったわけでもない。

むしろこう見えてすごい運動オンチなので、千葉に引っ越してからの足にと教習所に通い始めたものの、半クラッチができなくてなかなかハンコがもらえず、泣きながら免許を取った。

それでも、コルサの後のベンツだったこともあり、とにかく乗るたびにいい車だなぁ、と思い大好きになって、すっかり国産車には興味がなくなってしまった。

長年商用車の助手席にばかり乗っていた母も、ベンツのコーナーでの安定感がお気に入り。

☆---

その当時、アラサーで気の強そうな私が運転して、50代だった母が助手席に乗っている姿は、バブルの名残があり、ファミリーカーと言えども、あの頃はちょっと生意気な姿に見えたかもしれない。実際、皮肉を言われたこともあった。

反対に、友達のピカピカとは言えないハイエースを借りて母を助手席に乗せた時は、色んなトラックの運ちゃんになぜか嬉しそうに挨拶をされたこともあった。

ベンツの時には感じなかったけれど、ハイエースだと遅いと思われるのか、わき道から車がバンバン出てきて、怖い思いをしたこともあった。

事故の時だけ守ってくれているわけではない、と改めて感謝するとともに、珍しい車でもないけれでも、中に乗っている人間が同じでも車種で社会はこんなに違うものか、とびっくりした。

☆---

父が亡くなってから、新社長になった母は会社を守る為にいつも朝早くから夜遅くまで商品開発をしたり、書類を作ったりしていたし、私も移動はいつも駆け足で、郵便物に貼る切手をシートから切り離す時間さえもどかしいくらいに忙しかった。

毎日ヘトヘトだったけれど、この頃からバイクに乗り始めていたこともあり、仕事にバイクに毎日寝不足で、母とよく車で移動して、早めに目的地に着いては一寝入り。

ようやく千葉の自宅のガレージに着いても、二人ともあまりの眠さに車から出られない。

「お残りしよっか♪」と言って、自宅のガレージで座席を倒して一寝入り(笑)

C200の一番安い車種は、シートを倒すのは電動のスイッチでもレバーでもない。シートの脇にある直径7~8センチのダイヤル。

これをキコキコと回し続けないと倒れてくれない。

倒したら倒したで、目が覚めたらまたキコキコと回して起こさなきゃいけない。

ちなみに千葉のわが家は小さな集落の入り口にあるから、そこの住民の95%くらいは我が家のガレージの前を通っていく。

通りに向かって停めてある車の中で、その家の住民が寝てる光景には、ご近所さんはびっくりしたと思うけれど、私と母には自由で幸せなひと時だった。

☆---

半年とか1年経つと、ワイパーが壊れる。時計が壊れる。エアコンが壊れる。後付のキーのリモコンが壊れる、皮製のリモコンカバーが破れてリモコンが紛失する。

など、電気系統はことごとく一度はだめになったが、パナソニック製のオーディオはさすがに強かった!

電気系統は弱かったけれど、足周りやエンジンやドア周りはすごく頑丈で、ガタが来ない。

以前、海外から200~300kgもの樹脂を輸入したときには、自分で通関書類を書いて、そのままベンツにその荷物を積んで帰って来たりもした。

トラックヤードや保税倉庫に不似合いなベンツ。

スーツのうら若き(?)女性が1袋25kgの樹脂の袋をヨイショヨイショと、トランクから後部座席、足元のスペース、助手席へと何10袋と積み込み続ける。

ミスマッチな絵に、待機中のトラックの運ちゃん達が出てきて毎回手伝ってくれたり、木製のパレットは引き取らないといけないところ、免除してもらった。

すべての荷物を積んだ過積載のベンツはサスペンションが縮みきった状態で、お腹をガリガリと段差にこすらせながら車道に出て行く。

ベンツでありながら、アルミホイールも履かせてもらえずに、ノーマル仕様のホイールキャップのままで、しかも仕事っぷりがハイエース!

一度、ガソリンスタンドでホイールキャップを外したものの、どうやってもはめることができなくて、1本のタイヤだけ中の黒いホイールがむき出しになったままで、走っていたこともあった。

その状態で仕事の帰り道にバイク仲間のお茶会に顔を出したら、さすがに「格好悪い!」とみんなに大慌てで取り付けてもらったりもした。

ガレージでギリギリに寄せようとるので、しょっちゅうバンパーに擦り傷を作ったり、トランクをへこませたりしていたので、よくからかわれたり、このベンツは行く先々で色んな観点で注目の的となった気がする。

☆---

そのうち、母と私は通勤時間がもったいないと、平日は会社の荷物置き場の6畳くらいのスペースで寝泊りして、週末だけ千葉の家に帰るという生活を1年ほどした。

さすがに疲れがたまり、母は1番上の私の姉と同居を始め、私も2番目の姉と少し同居をした後、千葉の家で一人暮らしを始めてまた通勤生活。

☆---

でも、いろいろあって約10年前に私も大森にマンションを買い、通勤には自転車に乗るようになり、ベンツの出番は激減。

昼休みに車でマンションに戻るための往復や、誰かの送り迎え、重い荷物を運ぶ時くらいしか、活躍の場がなくなってきてしまった。

ところがマンションも駐車ができないようにコーンが立てられて、もう昼食に車で帰ることもできなくなり、去年の12月にスクーターを買った。

とうとうアルミホイールも履かせてあげないまま、カーナビもつけることもなく、天井も落ちてきたり、エアで動くキーも助手席側からしか開かなくなって、スピーカーも壊れた。震災後のガソリン不足でますます乗らなくなりバッテリーも上がった。

ケーブルも経年劣化でボロボロになってしまっているから、走行中にいつ止まったり発火するかもわからない。。

ただエンジンだけが元気。

☆---

父のプレゼントを手放すこと、昨年社長交代をした私が会社の古いものを手放して世代交代を進めていくこと、もう一方で、年に数回しか乗らないのに、情があるからという理由で会社の経費を使って置いておくこと。

これらすべてに対する後ろめたさにしばらく悩んだけれど、やっぱり今はその後ろめたさや情を断ち切ることが必要な時期のはず。

そう思って11月18日で切れる車検を前に、母に相談した。

もう古いものは手放しなさい。執着することはないのよ。と笑いながらきっぱりと背中を押してもらい、思い切ってさよならすることになった。

このベンツは、ヤナセさんに就職した同級生に仲介してもらった。

車検も彼に仲介してもらっていたので、最後も彼に紹介してもらった業者さんに引き取ってもらことになった。

使える部品はアジアなどに売って使ってもらえるんだそう。

これだけ走っても、まだどこかで走ってくれるんだ?

引渡し当日、車内に置いてあったカセットテープとか10連奏のCDチェンジャーのブックとか、昔懐かしい首都高速の600円の回数券とか、新発売記念のピンバッジとか、アジアでも今の日本でも役に立たなさそうなグッズは車内から出し、洗車して、アジアに旅立つであろうエンジンルームを拭いてから、母も一緒に最後の記念撮影。

Badge

レッカーされるところは辛すぎて見届けるのことはできなかった。

ガレージでさよならとお礼をベンツに言って、ちょうど営業先からガレージに戻ってきた営業部長の山ちゃんと歩きながら会社に戻った。

山ちゃんは、私が高校生の時にファインに就職して以来、父の代、母の代、そして私の代と、いつも控えめにファインと清水家を支えてきてくれている、本当に大切な存在。

そんな山ちゃんは、会社までの数10メートルを、ヒクヒクと泣き続ける私の横を歩きながら、大きな事故もなく私たち親子と会社を守ってくれたベンツへの感謝の気持ちを代弁しつつ、しきりに優しく声をかけて続けてくれるのでした。

この山ちゃんって人は、きっと私の人生が映画やドラマになったら、観ている人が随所で「あ~!この山ちゃんがいい味出してるんだよねぇ♪」って、つい言いたくなるキャラクターなの。もう私の人生の2/3くらいは一緒にいるしねぇ。

会社のスタッフには「今日は泣いちゃうわー。」と宣言してはあったけれど、本当に泣き腫らした顔で会社に戻るのも照れくさいので、山ちゃんだけ事務所に戻り、私はしばらく倉庫で片付けをしたり、まだレッカーされていないか、未練がましく通りに出てチョロチョロと様子を覗いたりして、心身ともに落ち着けてから事務所に戻った。

このベンツとはたくさんの思い出が詰まっていて、手放すのはとても寂しいけれど、環境は刻々と変わっていくから、しっかり向き合って行かないとね。

17年間、お疲れ様でした。

また世界のどこかで活躍してね。

感謝とねぎらいと思い出を込めて。

Photo

2011年11月 6日 (日)

日本障害者歯科学会

今週末は福岡に来ております。

歯科には小児歯科や審美歯科など細分化された分野がありまして、今日はその中でも障がい者の分野です。

週末に先生方が集まり、研究発表をしたり、聴いて勉強をしたり、情報交換をする場です。


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私達業者は会場の一角にブースを出して、先生方に商品の紹介をするわけです。

歯医者さんでお馴染みのユニットもあれば、口腔乾燥用のジェル、トロミ剤、ペースト食、スプーンなど、様々なお役立ちグッズが並びます。

我が社は歯ブラシももちろんのこと、この学会で人気の照明開口器ホタル、という商品をメインでご紹介しています。


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在宅介護、看病などでの光が届きにくいポジションやお部屋でも、ホタルを使うとほら!


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全体が明るくなり、磨き残しが見やすくなります。

これ一つで、片手で照明と開口が出来るので、空いた手で歯ブラシを持つことが出来ます。

口を開けてもらえない、強く噛み過ぎてしまう、というのが、先生方の多数のお声。

今回、初めて購入して下さった先生方のお役な立てれば嬉しいです。


こういう学会では、ユーザーである先生方や専門職の方がメーカーに改良点を伝えてくださる良い機会。

全てに応えることはもちろんできませんが、少しの仕様変更ならなるべくお応えするようにしています。


数年前の学会では、大分療育センターの歯科衛生士 阿部様に吸引歯ブラシの毛丈の長いものを作って欲しいとのご要望を頂き、特別仕様でご提供しています。

今回の学会では、この歯ブラシを使っての効果について発表してくださいました!


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ありがとうございます。

ちゃっかり、パンフレットを置かせて頂きました(#^.^#)


また来年のこの学会には、また進化した商品をご紹介できるようにしたいです。

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