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2012年9月

2012年9月27日 (木)

NHK総合  「あなたが主役50ボイス」に出ます(*^_^*)

8月にTV取材して頂いた「NHK あなたが主役50ボイス」の取材内容を、番組で採用して頂けることになりました!

http://www.nhk.or.jp/50voice/index.html
2012年10月18日  女性企業家ボイス 木曜日 午後10:55~11:24  NHK総合


15~20秒で名前も出ないのですが、よろしければご覧ください。

※見逃しても、しばらくはホームページで動画が見られるようです。


この番組は、毎回テーマが違っていますが、その回のテーマで50人の一般人が順番に
インタビューに答えるという内容です。

小池栄子さん、春風亭昇太さんが司会です。


今日、ある男性に「フィフティ ボイスっていう番組です」と言いましたら、
周囲が騒がしいのもありましたが

「え?セクシーボイス?」と聞き返されました(笑)

「たしかに音は似ていますが50のフィフティです」

「え?50才じゃないでしょ?」って。


はい、50歳まではもうちょっとだけ年数あります(^o^)丿

また直前にアナウンスさせて頂きますね!
どんな内容に編集されているかドキドキです。

2012年9月26日 (水)

今日から3日間、国際福祉機器展です。

毎年恒例の国際福祉機器展が始まりました。

東京ビッグサイト 東5ホール 5-14-11 におります。


今年は赤いポロシャツをスタッフで揃えました!
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色んな商品を置いてありますので、ぜひお手に取ってお試しくださいね。


今年はなんと15回目の出展になります!
時間の過ぎるのはあっという間です。

ということで、なんと協会から感謝状と記念品を授与して頂きました。

なぜか久しぶりに脚が震えた私です(笑)

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私の名前で感謝状を受け取ったものの、ファインがこの分野を開拓したのは、母である現会長ですから、
おいしいとこ取りの後ろめたさもあります。

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彼女が1つの商品を作り上げるのに、昼も夜も休日もなく、
何年も掛かって取り組んでいたのを間近で見ていました。
なので、その重さは引き継いでいるつもりです。

そんな彼女の努力と、使命感の詰まった初めての商品が、HCRで毎年販売される自助具のガイドブックには、
15年経った今も、未だ紹介されているんです。

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Kiji


とても誇らしいことだと思います。


そして、私もこの15年の間にユーザー様として知り合った方が何人もいらっしゃいます。

中でも車いすで2度も富山からいらして下さったお客様とは、今でも仲良くさせて頂いています。

富山にバイクで行くときには、必ず訪問することにしています。

※バイク以外で行く機会がないっていうだけなんですが。
2011

世界を旅している時は、実はいつも大好きな彼女と一緒に旅しているつもりの私なのです。


ということで、あと二日間たくさんの方との再会、出会いを楽しみにしております♪

レーサーデビュー!?

また皆様にダメ出しされてしまいそうですが、先週末はなんと筑波サーキットでレーサーデビュー(笑)

というより、「レース体験」みたいなノリです。

2.5時間x2セット=5時間の耐久レースに誘ってもらいました。

暑さに弱いことと、練習してから臨まないとチームに迷惑をかけるので、
今までは誘われてもずっと断ってきました。

9月の終わりだと、ちょっとは涼しいかな、と思ったのと、
50ccのAPE(エイプ)というバイクで、ゆるそうな感じだったので
誘われるがままにOKしてしまいました。


「清水さんは、意外なイベントの誘いに乗ってくる」と、笑われましたが、確かにそうかも。

え?このイベントにほんとに参加するの!?っていうのに、ヒョイと乗っかるようです。


速く走るより、転ばないことを目標に走りましたが、この日はあいにくずっと雨。

ラッキーなことに、久しぶりだったのでドライもウェットも怖さは同じなのです(笑)


1セット目は、キャーキャーと叫びながら慣れるのに精いっぱいでしたが、

2セット目はようやく、バイクにも久しぶりのサーキット走行にも慣れてきて楽しめました。

タイムもグッと縮まり、走りも安定してきました。

ちなみに「女の子」と「子ども」は赤いたすきをして走ります。


もうこの年だとどっちも該当しないんですが(笑)、厚かましくたすきを借りました。


でも・・・


遅い(笑)


すごく遅い(笑)


周りの方はとても迷惑だったのは重々承知です。

私も怖かったけど、抜かしていく皆様もすごくこわかったと思います。

動くパイロンになってた、というより、ヒョロリヒョロリと動くパイロンでした。

ご迷惑をおかけしました。


でも・・・


いいんです。


プロじゃないんだし、楽しかったし、怪我もなく完走できたし、自分なりに一生懸命取り組んだから。


うまくよけてくださった皆様、なによりこんな私を2セットも走らせてくださったチームの皆様、
声を掛けてくれたお友達に感謝です(*^_^*)

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それにしても、

木曜日:東京→三重県名張市泊
金曜日:三重県の伊賀工場→愛知県岡崎市で異業種交流会
土曜日:岡崎市→岐阜県大垣市でお墓参り→東京泊
日曜日:雨の中筑波でレース→ようやく自宅へ

という、ちょっとハードスケジュールでしたが、好きなことばかりなので、パドックで仮眠をしたり、雨の中にずっと立って応援したり、写真を撮ったり、タイムを計ったりしていましたが、風邪も引かず元気です。

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でも無理しないようにしますね。

明日からは展示会なのです♪

2012年9月20日 (木)

【掲載情報】日刊工業新聞 9月19日付け

ありがたいことに、先日取材して頂きました日刊工業新聞さんが、城南地区の医療・福祉機器開発をしている会社の1つとして取り上げてくださいました。


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「寝たきり患者の口腔ケア」という題名で、記事を書いてくださっています。

いつもありがとうございます(*^_^*)

2012年9月13日 (木)

ケーブルテレビ品川さんに取材して頂きました!

先日、選定して頂いた「メードイン品川」の取材に、朝からスタッフの方がお見えになりました。

今日はなんと白衣です!(笑)

Cable

この白衣はどちらかというと「先生」ではなくて「研究員」のイメージです。
いつもはスーツなんですが、出して頂く番組の過去のを見ていたら、制服で出ていらっしゃる方がいて、
歯ブラシ屋の制服ってどんなのかしら?

と、思って白衣にしてみました。

実際、開発の時には、何度も何度も歯ブラシを変えて歯を磨いて、
磨き心地を試しているので、ラボには間違いありません。

でも、撮影用だけじゃなくて、これからも実験の時には着用して、テンションを上げて行こうと思います。

お陰様で取材して頂く機会が多く、少しでも知名度が上がって、弊社の商品を必要としてくださっている方に届いたら嬉しいと思っております。

放映日などが決まりましたら、またお知らせしますね!

2012年9月10日 (月)

市ヶ谷次世代倶楽部でのパネリスト

同族後継者限定の勉強会があり、今年から私も生徒として参加しております。

先週は4回目で、生徒3人がパネリストとして、社長になる前となった後の話などをするとのことで、
私がそのうちの1人として、社長になる前後で、試行錯誤をしたようなことなどを
話す機会を頂きました。

同じような悩みを抱えた勉強会仲間の皆様にもヒントになるようなことがあったようで、
とても喜んで頂きました。

もしかしたらそのうちの一つを、書籍の一部で紹介して頂けるかもしれないとのお話しもあり、
お役に立てればとても嬉しいです。

同族後継者の皆様、こちらにもお仲間がたくさんいらっしゃいますので、
ご興味がありましたら、スポット参加も可能です。

ぜひご一緒に学びながら、楽しく経営をしていきましょう!

  左で発表中!
    ↓
Photo_2

ちなみに・・・

先日、この話を友人と話しておりましたら、自分の人生を人前で話す機会なんて、なかなかないよね。
ということになりました。

事業承継や就職セミナーなどの講師をさせていただく時には欠かせないのですが、
たしかに、商品説明で1時間頂いても、そういう話はしませんもんね。

大体、失敗からどう気持ちを切り替えて行ったか、という話で共感して頂くことが多いので、
自分を赤裸々に出すことには、すっかり慣れてきてしまいました(笑)

2012年9月 9日 (日)

胡蝶蘭 その後

朝晩は段々と秋らしい風になってきましたが、日中の日差しは甘くはありませんね!

そんな日光を窓辺で浴びながら、わが社の胡蝶蘭は今日も元気です!

今年4月に咲き始めた1鉢目は8月の終わりごろに最後の花を落としましたが、
2鉢目はとてもゆっくり咲き始めたので、まだ咲いてくれています。


この2鉢でなんと半年も咲き続けてくれています。
ありがたいですね。

今咲いている鉢は、昨年もなかなか咲いてくれなかったんですが、
一度咲くと、すごい粘りを見せてくれます。

毎日癒されていますheart02

Photo


2012年9月 6日 (木)

【掲載情報】日刊工業新聞様、東京都中小企業診断士協会様

また掲載か!?もうそのネタは飽きた!

とか、聞こえそうですが、せっかく掲載して頂いているのと、掲載してくださったメディア様のご紹介を兼ねて。

日刊工業新聞様には、先日選定して頂いた「メードイン品川」の紹介を載せて頂きました。

著作権の問題もあり、粗すぎる画像ですみません。

20120904

そして、7月21日にスピーカーとしておよび頂いた「ニュービジネス研究会」様の内容を、
TOKYO SMECAニュースという東京都中小企業診断士協会の機関誌に掲載して頂きました。

拙い内容をうまくまとめて頂き、恐縮です!

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果たして私の話が読者の方のお役にたてるのかわかりませんが、
この本にご縁のある方はご一読頂ければ幸いです。


これからも益々精進してまいりますので、今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

2012年9月 3日 (月)

お陰様で40期が始まりました!

この九月一日から、お陰様で我が社は40期を迎えました!


父の叔父が始めた若松油脂化学工業所は、大阪市城東区のローソクメーカーでした。
(後に若松産業株式会社に社名変更)

戦後の日本はまだ電気が不安定で、夜にはローソクが欠かせない毎日だったようで、必需品だったんですね。

ローソクが軌道に乗り、次に皆が使う消耗品ということで歯ブラシのパテントや機械をドイツから買い、この歯ブラシのブランドを「ファイン」としました。

History


ヘッドも大きいし、ヘッドの厚みもすごいです。

Back


歯ブラシ本舗っていう愛称(?)まであったんですね!

この後、病院経営を始めて、ローソク部門、歯ブラシ部門の権利をそれぞれ渡す事になります。


ローソク部門は、東亜洋ローソク株式会社という会社さんと合併した後、大きくなり、
今でも「東亜ローソク株式会社」さんとしてご発展なさっておられます。

歯ブラシ部門は、昭和48年 私の父が東京営業所勤務の時、
若松産業株式会社の社名を引き継ぎ、東京で歯ブラシの会社を起こしました。

そして昭和50年 ブランド名であったファインに、社名変更しました。

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父の叔父がどんな方か、いまいち分からないのですが、多角経営をしていたところを見ると、
実業家タイプだったんだろうなぁ、と思います。


3

これは唯一残っている、創業者から3代全員で写っている写真です。

毎朝と帰りのご挨拶、大切な商談やイベントに行く時など、声を掛けています。


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父は朗らかで人懐っこくて、営業向きなお祭り男。

小さい頃は寝る前に色んな話をしてくれるのですが、いつも臨場感たっぷりで、
ワクワクしながら聴いていたのを思い出します。

話すのが本当に上手で、その場にいるような話をするのが得意だったようです。


私は、あれだけ反抗していたけど、父と性格がよく似ているようで、
二人とも、すぐに知らない人にでも臆せず話しかけちゃう社交家タイプです。


私が27歳の時、父は55歳で亡くなりました。

私の反抗期が長すぎて、父とは仕事の話を大してすることもないままで、
ポツポツとした言葉しか覚えていませんが、「ガイアの夜明け」でも読み上げられた父からの手紙は、
20年近く経った今でも色褪せない、大切な事業承継に関する生きたメッセージです。

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それまで会社で経理をしていた母は、54歳で父から社長を引き継ぎ、しばらく父の看病と社長業をこなしていました。

母は人前に出たがらないけど、出ると物怖じしない、度胸のあるタイプ。
父は、きっと母の一声で色々と決断を下していたんじゃないかしら。


母は、次の世代にバトンタッチすることをミッションとして、がむしゃらに開発や営業をしていました。

介護の自助具も、グミキャンディも母が手がけたアイテムです。

70歳になるのを機に二年前に私と交代しましたが、
「17年間、好きに商品開発が出来て本当に楽しかったのよ」、と言っておりました。

こうして自分が社長になってみると、よく違う分野に出る勇気があったなぁ、と感心しちゃいます。

もしかしたら以前も書いたと思いますが、うちの母がまだ社長の時、

「社長は会社に愛されてるね。
電話もコピー機も、机も、倉庫にある商品もみんな、社長を応援しているよ。」

と、ある方に言われたことがありました。

そばで聴いていて、すごくカルチャーショックを受けました。

その通りだと思いました。

だって、母は朝も昼もなく、本当に全力で会社を守っていたから。
それをずっと見ている会社や備品が応援しないわけないなぁ、と。

その反面、今よりのんびりしていた私たちに対して、
「みんな、ぶら下がって会社を利用するこばかりで、会社がかわいそう」とこぼしたことがありました。

自分のがんばりと比較するのではなく、会社に対してどういう気持ちでいるのか?

お嫁に行ったら会社を辞めるのかな、なんて、少し会社を他人事のように思っていた私は、
すごく反省し、今でもいつも自分の心に残っています。


そういういきさつもあり、うちの会社はこういう業者さんも、大切にするようにしています。
先方がどうおもっていらっしゃるかわからないけれど、すぐにPCやコピー機を直しに来てくれたり、
大切な荷物を運んでくれたり。

ファインの業務が滞らないようにするためには、いわゆる業者様も縁の下の力持ち。

社員も率先して、おもてなし(?)をするようにしています。

そして、母がいつも頼りにしていたのが社外スタッフである仕入先様。
アイデアを形にしてくださる専門家の皆様は今でも心強いの一言です。

少ない量だからもうできません、とお取引を断って来られた会社さんもありますが、
ずっと続けてくださっている仕入先様には、感謝するのみです。

私も、父や母が培った信頼関係を壊さないようにするとともに、
色んな機会に感謝の気持ちを伝えるように心がけています。


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私の時代になると、創業64年、父が設立して40年のこの会社は、もう私よりも大先輩です。
小さいながらもすでに法人格という会社の人格があります。

私のことはご存じなくても、

「ファインのことは知っている」

「この歯ブラシなら使っていた」

という方の方が断然多いのです。

私はこの会社で得た両親の収入で食べ物にも住むところにも困らず育てられ、学校にも行かせてもらい、
現在もこの仕事を続けることが出来ています。

会社にも恩返しがしたいし、この会社を支えてくださった皆様にも恩返しをしたいと思い、
事業承継致しました。


今までろくにキャプテンらしきものをしてきたわけでもなく、
リーダーシップを発揮してきたわけでもない私の社長像ってなんだろう。

そういえば、母もそんなタイプ。小さい時からずっと「おみそ」。
ちゃんとできなくても許されて生きてきた。
母親になってからも、役員はやるけど、PTAの会長に君臨するタイプでもなかった。

いつも、「うちの組織はピラミッド型ではなくて、円なのよ」といい続けて来ていた。

では、私は?


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私は今でこそ、ルックスからか、しっかり者で、運動神経もよさそうに見られますが、
実はかなりのおっちょこちょいの慌て者です(^_^;)


小さい頃から、成績もオール3の普通の子でした。

徒競走では、ニコニコと両親に手を振りながらビリを走っていました。

足が太くて、遅くて、顔もぶちゃいくで、二重飛びも一回もできないくらいドンくさいし、歌も絵も下手。

ずっと、「私は、お姉ちゃんと違って両親の悪いところばかり取ってる。」と、
ひがみ続けておりましたが、こうして大人になってみると、着物の講師もしていた母の影響で
着物も楽しめるようになったし、父の社交的な性格でたくさんの方と交流できる楽しみもあります。


こんな感じで、漢字が得意なくらいのと、笑顔だけが取り柄の、取り立てて飛びぬけたところのない子として育ってきました。


だから親も私に期待をかけずにいたので、プレッシャーの中で育つこともなく、
一番じゃなくちゃイヤ!ということもなく、その場その場を私のレベルで楽しんで生きてきたのかもしれません。


そんな私は小さい頃と何も変わっていなくて、
営業畑でもなければ技術畑でもなく、経理畑でもありません。

ただ、入社以来、社内の色んなことを経験してきて、
それぞれの部署の仕事はある程度分かっている、いわばプロのOL!?

ここを調整すれば、こっちの仕事がうまく回るのかな、というコーディネート役をしてきたのかもしれません。

気負うにも、私には何もないので、私のペースで次の世代にバトンを渡すことができれば良し、と思っています。

私の社長像とは、ファインのマネージャーのような役割がふさわしく、社員を引っ張るリーダーというより、
クラスの担任のように、責任者でありながら、各人の能力を引き出すことに徹するお膳立て係、
というのが落ち着くかもしれません。


そんな小さな同族会社でありますが、それぞれの時代に、それぞれのメンバーで、
会社を愛し、商品を愛し、お得意様や協力会社様に支えて頂き、ここまでくる事ができました。

10年後はどうなっているのか想像もつきませんが、皆様からのご支援が頼りです。

これからもどうぞご指導ご愛顧よろしくお願いします。



Iga


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